命は脆いものだ

脆い命とは?

  輪廻中に置かれているあらゆる衆生は、有情と物理世界にある万物が無常で変化しつつある本質に直面しなければなりません。
  多くの環境は人間を死ぬまで招く(引き起こす)可能性があります。たとえば、食事中毒、落下物、稲妻、落雷、疾患、地震、交通事故などなど、乃至我われの食べ物、衣服、親友などもそのつど我われの命を奪ってしまう恐れがあります。今晩あるいは、この次の時間に、お乗りになっている車は事故が起こらないのか。お住まいのところでは地震が起こらないのか。目の前の食事はあなたの今生の最後の一食になるかもしれない。このたびの外出や旅行はたぶん外出先や観光先で死んでしまうかもしれない。たぶん今晩寝付いてから永遠に目が覚められないかもしれない。再び目が覚めたらたぶんもう来世の不案内なところになるかもしれない。それは本当に確定ではありません。
  こんな話題は誰も聞きたくないのですが、事実はこうなっているのであります。
 

(『光明の旅』より一部)

 

2010年5月15日に慈成加参上師が阿秋法王の篭もり修行場を拝謁する