どのように加持を得る?

仏陀の加持を得るには

  密教の法を修行するとなると上師(ラマ)に対しての信心が強く強調されています。さらには自分の上師(ラマ)を仏陀と同じように完璧であることと見做すのです。密教の経典には「あなたの上師は本当の仏陀ではないかもしれません。しかし、あなたは上師を本当の仏陀として取り扱えば仏陀の加持が得られます。もしあなたは仏陀のような上師を凡人と見做せば、凡人の加持をしか得られません。」
  これは我われを迷わせて、盲目的に上師(ラマ)を崇拝し、定見なしに上師を超能力の持っている仏陀として神格化しているわけではありません。
  その理由は一方、上師はもうすでに法身の仏陀と同じ清浄の本性を悟ったので、仏陀と呼ばれるのです。他方、究極の角度から言えば、われわれの清浄な本性は上師、諸仏とは平等で変わりがないのです。上師を仏陀と見做すのは外在の上師に対してこの上ない敬信を起こすことによって自分の心にある内在の清浄な本性を啓発するためです。この形容しがたい信心を頼りにして我われは上師の加持を得られ、因縁が訪れる際に自分の心にある内在の清浄な本性を悟ります。そうして、私たちの凡人としての心は上師の智慧の心と融合して、即ちわたしたちの分別の意識と自分の心にある内在の清浄な本性と融合するとのことです。従って、私たちが本来仏陀であることの尊さを取り戻してきます。外在の本当の仏陀の如き上師は私たちが内在にある自分の心の清浄な本性を見知るのに不可欠な架け橋、あるいは繋がりの階段と言えます。
 

(『光明の旅』より日本語訳)

阿秋法王の額に観音菩薩が浮き彫りになっている