ラマヨーガの原理

ラマヨーガ法を修行することの意味と原理

  ヨーガの意味は感応(心と心が相通じて融合する、テレパシー)ということです。ラマヨーガ法とは上師との感応の法の意味です。このラマヨーガ法は修行しやすいですが、その原理は奥深いです。伝承祖師である昴琼教授師リンポチェーはこうおっしゃいました。「ラマヨーガの修法は極めて奥深い修法で、もし瞑想しながら上師のご尊名を唱えるとすれば、間違いなく加持を得られるに相違ない。涙ながらの敬信をもって上師を大声で呼べば、それなりの加持も大雨のように注ぎてくださいます。」と。皆が言うにも、「はっきり生き生きした根本上師を瞑想できれば、その時間は刹那であっても、ほかの本尊を瞑想するより遥かに十万倍以上のメリットが得られます。」。もし我われはもっぱら余念なくこの修法をしたら、極めて奥深い悟りが独りでに生じてきます。
  衆生の内在にある自分の心の本性は即ち究極の上師です。しかし、我われはそれを見失っているゆえに、いまだに六道輪廻において苦を受けさせられている。われわれ自分自身の力ではこの内在にある自分の心の本性を見知ることはできませんので、外在の上師の助けを借りて啓発し導いただくことが必要となってくるのです。
  ラマヨーガ法を修法する際に、外在の上師はただ単なる上師の形象だけではなく、すべての顕れ(顕現のもの)も代表しています。われわれは敬けんで誠実にこの外在の上師を信頼し、勤勉に彼をイメージし、絶えずに彼に祈祷し、しかも彼から四灌頂を受けます。こういった修法は外在の上師相応法です。
  我われが瞑想している(イメージしている)上師の形象は自分の心と分けられない状態になる際、こういう分別が起こらず、執着もなく、清くはっきりしている自然の状態を悟れば、それはつまり凡人の心が上師の智慧のこころと溶け込んで渾然一体になっていることを意味しています。この体験に対する理解や認識が深まるに従って、最後こういう究極の空性こそが内在の本性(自然な法性)上師だということを認識できるようになります。自分の心の清浄本性を安住し続けるのは内在のラマヨーガ(上師相応法)になります。
  上師(ラマ)の形象(イメージ)を始めとしての現れが自分の心と分けられない状態を安住し続ける際、それは外界と心が一つになるという意味です。つまり凡人心は上師の智慧心とが融合されて一つになり、上師と感応道交し(かんのうどうこう、テレパシー)、心と心が相通じて融合するという意味です。これは外在(形象上)の上師は如何に内在の上師と相通じる(あいつう)かの過程です。
 

 

阿秋法王