上師になるには

具徳上師として整っておくべき条件

  一般的に言えば、私たちは違う修行段階で善智識に対しての必要も変わってきます。密教の金剛上師として最低の条件は下記です。
  第一、別解脱戒律、菩薩戒律、密教三昧耶(さんまや)戒律は清浄で汚れていないこと。
  第二、幅広く仏法の講義を受けていること。それは、仏法を伝授する時に衆生の根性、性質に合わせて、彼らに役立つ相応な法を伝授しなければならないからです。すべての法に通暁することでだけ、敏活に活用でき融通もでき、了義(真実の義理を明白、完全に表したもの)であるか、不了義であるかを区別できます。
  第三、大慈悲心を持って衆生を助けて救い上げたい気持ちがいっぱいであること。
  第四、顕密(けんみつ、顕教と密教)の式次第に通暁していること。
  第五、実践した修行よりの悟りの智慧を持っていること。完全で円満な悟りがなくてもいいです。完全に煩悩を断ちきれなくてもいいです。
  第六、衆生を摂取する(仏が慈悲の光明ですべての衆生を救いとること)方法がわかること。『大荘厳続』という経典では、密教の金剛上師としての必要条件はこう述べています。「智慧が具わわって、つまらないことから離れて、法性の奥義に通暁し、求められた法義にちゃんと答えられること。これは密教の上師の姿である。」智慧が具わわっているというのは、総じて言えば、各宗派の教義に通暁し各宗派の違いが分かること。具体的に言えば、金剛乗に通暁することで密教経典(続部)の奥義に通じて、実践修行体験の過程に於ける現象、暖かい現れの理論に通暁することで極めて高いレベルまで悟ってきたこと。つまらないことから離れるというのは、自分の心は世間の八種類のことと形式ばることに左右されず、独自に静寂なところに安住して、身口意は優しく調和されて、度胸が大きくて、取捨の事とくだらないことはめったにしないということです。(世間の八種類のこととは、利害得失を離れること、名誉か不名誉、苦楽、貶されるか褒められるとのことです。). 法性(一切存在の真実の本性)の奥義に通暁するというのは、実践修行の法性の真義に精通し、しかも卓越した修行の暖かい位相を持っているということです。求められた弟子の何の質問でもはっきり答えられるようになること。生起次第に於ける四つの事業の方面では、歴代伝承上師の秘訣をもっていること。円満次第の見解と修行では実践修行を通じて日増しに悟りの位相をアップすることができるということ。金剛身に流れる風と気のエネルギーと滴(チャクラ)に関する実践修行のポイントに関しては不明なところはないこと。
  上師たちは外見は普通の人と変わらないように見えますが、彼らの密意の中では始終仏陀の位相に安住しています。ですから、仏陀と同じように敬って祈祷するに足ります。しかも、文字通り智慧が備わっている上師は弟子の敬いによって内心が傲慢になることは絶対にありません。彼らは智慧の中で広大で平等な慈悲と無執着の謙虚を拡大します。これも一人の上師が具徳上師であるかどうかをチェックする条件の一つです。
  しかし、現実の中では、このように功徳が円満な上師はよほど滅多に出会えません。ですから、わたしたちは常に諸仏と菩薩のご加持を祈祷しなければならぬ。それと同時に常に今世と来世、清浄な上師に出会えるように祈誓しなければなりません。因果応報は文字通りなので、諸仏と菩薩のご加持も不思議です。
 

 

法王如意宝珠と阿秋法王、丹増加措活佛